データ入稿のTips
オフセットやデジタル印刷に慣れているデザイナーほど、ハマりやすい落とし穴があります。Illustratorの透明度パネルで opacity を80%とか60%に下げて、要素を「少し透かして見せる」表現——あれ、活版では使えません。知らずに入稿すると、意図した部分がまるごと刷られないという事態になります。
なぜそうなるかというと、活版印刷は版(プレート)を物理的に彫って、そこにインクをのせて紙に押し付ける仕組みだからです。データはまず製版用のフィルムや樹脂版に変換されます。このとき、透明度の情報をどう扱うかが問題になります。RIPやラスタライズの処理で opacity が中途半端にかかったオブジェクトは、多くの場合「透明」として処理される——つまり版に彫られない、インクが乗らない領域として扱われてしまうんです。
結果として何が起きるかというと、「半透明のインクが乗った柔らかい表現」ではなく、「何も印刷されていない白い抜け」が出来上がります。デザイン上は確かに存在しているはずの要素が、刷り上がった紙の上では消えている。確認するまで気づけないのが厄介なところで、プルーフと実物が一致しないまま納品になりかねません。
活版印刷はそもそも「1色・1版」の世界です。インクは1色だけ、版も1枚だけ。そこに乗るのは不透明度100%のベタのインクのみ。「この部分は薄く、この部分は濃く」という濃淡を連続的に表現する手段が、原理的に存在しません。オフセットなら透明度を重ねてリッチブラックっぽく見せる、なんてことができますが、活版でそれをやろうとするとデータが破綻します。
では、濃淡のニュアンスをどうしても出したいときはどうするか。選択肢はほぼ一択で、スクリーン(網点・ハーフトーン)に置き換えることです。Illustratorのカラーハーフトーンや、ドットパターンのスウォッチを使って、インクが乗る面積の密度で明暗を表現します。ドットが密ならば濃く見え、粗ければ薄く見える。これは活版でも再現可能な表現です。ただし、線数と用紙の相性があるので、細かすぎるスクリーンは製版の段階でつぶれることもあります。入稿前に製版担当者に確認するのが確実です。
入稿データを作るときのチェックとして、Illustratorの「ドキュメント情報」や「分版プレビュー」を使って、透明度が残っているオブジェクトがないか確認する習慣をつけると安心です。アウトライン化の前に透明度を「分割・統合」しておくか、そもそも設計段階から opacity を触らないようにするのがベストです。
活版印刷は、デザインの自由度を制約するわけではありません。ただ、「デジタルでできること=版でできること」ではないという前提を持ったうえで設計すると、仕上がりが想定内に収まります。透明度の問題は、その代表例のひとつ。知っていれば避けられるミスです。